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2011年5月27日金曜日

知多お遍路十八日目

やっと一通りの取材が終わった。
梅雨前に終わってよかった。最初の方に作った文章を作り直して、
梅雨が明けたら、寺に見せに行って、、、、、まだまだいっぱいすることがあるな。

<05番、地蔵寺>
五番の位置はオカシイ。1~4番まできて、ズレているので6番へ。
境内のいたるところにある石には模様が。亀甲石といって自然の模様。自然ってスゴイ。
隣の神社は毎年2月にどぶろく祭りが行われています。

<84番、玄猷寺
知多四国で一番豪華になったお寺。
絵を描いてるときには本堂、今回は山門が出来上がってました。
建て替えの話が出てから10年がかり。これから100年、200年たったらイイ色が着くんだろうな。

<87番、長寿寺
お寺の側を新幹線が走っています。毎日見れていいな。どこかに行きたいな。
裏山は織田信長が桶狭間の戦いのときに砦を築いた所。
本堂の襖絵はナカナカカッコイイです。

<88番、円通寺
トイレの神様、便所の神様、しもの神様。
どれが一番スッキリ来るのでしょうか?
烏蒭沙摩明王。

2011年05月25日曇り。

知多お遍路十七日目

朝まで雨が残ったので遅めの出発。
天気予報では雨が増えてきているから、少しでも多く回ろうとしたのだけど、
目標には届かなかった。

79番、開山所、妙楽寺
お遍路さんでは有名な言葉、同行二人。
お遍路さんは一人で歩いているんじゃなくて、弘法様も一緒に歩いていてくれているから!!ってこと。知多四国を開創した阿闍梨(墓もあり)と弘法大師が並んでます。

<80番、栖光院
知多のお寺は、三河大地震と伊勢湾台風でダメージをくらっています。
ココのお寺の階段のラインが好きだったのだけど、災害でだったのね。
弘法堂には明治時代のお洒落な傘がかかっています。

<81番、龍蔵寺
民家の間の門は通り過ぎそうになりました。
オガタマの木があって、お彼岸の頃に見ごろ。春には白い花。秋には真っ赤な実がなります。
納経所の時計がかわいいです。

<82番、観福寺
紅白椿というのが山門わきにあるのですが、一本の椿から赤の花と白の花が咲くといわれています。真実が知りたい方は椿の咲くころに行って見てください。
その椿にはもう一つ、椿の枝にひのきが芽吹いています。

<83番、弥勒寺
仁王像は新旧2対背中合わせにある山門。
古い方は平安時代のものでボロボロ。でも、すごくイイ感じ。
三開祖・武田安兵衛の杖が本尊の脇に置かれています。

<85番、清水寺
5月までの巡礼シーズン中にはトコロテン屋さんがやっています。08年の絵を描きにきたときにはやっていたのだけど食べず。苦手なんです。
今回は食べようと思っていたのだけど、、、閉まってた。残念。

<86番、観音寺
境内の一角に狸の置物。住職さんに聞いたら、お店の前にある狸と同じような感じで、
お寺に人がやってきてくれないかなの願いを込めて置いてるんだって。
ある一角には仏像が。そちらは家に置いておけなくなったものを誰かが置いていくんだって。

2011年05月24日曇り。

2011年5月19日木曜日

知多お遍路十六日目

今行っている辺りは、学校の通学路になっていて人がいっぱい。
時間をズラしても信号がいっぱいでナカナカ進まないのが残念。半分近くの信号に捕まるんだよな。また、警察に停められ、自転車を調べられた。

<72番、慈雲寺
猫が多い寺は数知れず。しかし、納札入の中に産んでは駄目だよ。
観音堂はコノ辺りで一番古い物。江戸時代には本堂として使われていたようですが、
今は倉庫。なかなか贅沢な使い方だな。

<77番、浄蓮寺>
72番からは何度か曲がりやってきて、旗が見えて曲がると5個のお寺が狭い地域にかたまっています。その一番手前のお寺。77番、77歳・喜寿ということで、長寿祈願の参拝が多いそうです。
中風除箸と佐布里梅干しが売られています。

<73番、正法院
佐布里梅は明治時代に桃の木に梅の枝を接木して作られた品種。
果実が厚く、核が小さい。
本堂天井画や襖絵は覗けば見ることが出来ますが、手前欄間にも絵がありますよ。

<75番、誕生堂
73番の境内にある階段を40段上がっていくと誕生堂。
名前の由来は四国の75番の善通寺が弘法大師の誕生地だから。
74番に降りていく階段をあわせると88段かしら?私は知っています。

<74番、密厳寺
納経所から聞こえるメダカの学校はおばあちゃんの美声。
美人猫がいたのだけど、結構なお歳なんだって。
でもそんなことを全く感じさせない優雅さがありました。

<76番、如意寺
73番~76番は山に囲まれていてひっそり里山風情。一番奥にドーンとあればいいのだけど、
誰もいないお寺で、ちょっと寂しげ。
納経は73番で。75番も。

<78番、福生寺
境内にはブラック・大黒天・コンクリート二号。
桶の中にはトゥー・マッチ・蛙。
弘法堂奥には、ホワイティー弘法。と、キャラクターが豊か。緑の中には、紅一点・にゃあ子。

2011年05月18日晴れ。

2011年5月17日火曜日

知多お遍路十五日目

鼻がズルズル。
先週は何にも無かったのに。とにかくズルズル。
花粉なのか?黄砂なのか?この日はお寺の人も、お遍路さんもそんな人がチラホラ。

<66番、中之坊寺
初めて納経所に人がおらず、自分で朱印を押しました。
絵を描いたときには桜の木があったのだけど、、、、なくなってるのが残念。
近くには大野城跡があります。

<67番、三光院
山門には当山移転のお知らせ。
来年には100m離れた蓮台寺に移ります。蓮台寺はお江の方に縁が深いお寺です。
本堂天井には絵がありますが、取り壊すときにはちゃんと保存をするそうです。

<68番、宝蔵寺
鉄筋コンクリートの観音堂(本堂)。ココの大師様は防火大師。
火坊札と雷除札を売っているのですが、この本堂はその意志を明確にするのにはぴったり。
防火地域で木造建築禁止のお役所の意志の固さも表現されています。

<69番、慈光寺
二本の樹齢700年の椎の木があるお寺。見栄えがします。
行ったら水が濁っている。ハマグリ水と言ってたまになるそうです。原因は不明。
願い石と穴の開いた岩から弘法さんを見ながらお願いをすると、、、、。

<70番、地蔵寺
デカイ大日如来がいます。
小さいお地蔵さんが祀ってありますが、井戸から出てきたもの。
昔って、夢のお告げが色々あったみたいだけど、現代はどうなんだろう?

<71番、大智院
ココの弘法様はめがねをかけています。変です。
住職さんも眼鏡を掛けのコスプレをされています。
独身女性はここで独身住職情報が貰えるかも、、、、、、、知れませぬ。

2011年05月16日晴れ。

2011年5月15日日曜日

知多お遍路十四日目

タイヤを今日の帰りに替えようと思っていたら、途中でパーンといい空気が抜け出し、幼稚園バスで出てきていた主婦軍団に聞いて自転車へ。
最近は人がいない工場だらけ道を通っていたけど、この日は何となくこちらの道へ。助かった。

<番外、曹源寺
たまに置物が多いお寺がありますが、住職サンの趣味が多いです。
弘法堂には犬に車を引かせて巡礼した人の車があります。それは夢のお告げでお参りした人が
歩けるようになって置いてったようです。この人は目も悪かったようなのだけど、どうだったのかな?

<58番、来応寺
名古屋の建材店のところに、浮浪者が持ち込んできたものをお堂を建てて供養すると商売繁盛。
ご利益を他の方にもと、お寺へ。そうゆう人だから成功したんだろうね。
僕が気になるのは浮浪者は生活が良くなったのかな?

<59番、玉泉寺
お寺にはツバメがやってきます。本堂に納経所に巣を作るのですが、入っていいところは開けっ放し。
でも、入って欲しくない所では張り紙で閉めてと書いてあったり、CDを吊るしていたり、ココは折り鶴。
ネコが本堂を闊歩してるとこがあったり、お寺ソレゾレだな。

<60番、安楽寺
この辺りのお寺は半田の山車がある影響で、イイ彫師がいたんだろう。
山門の獅子や獏もカッコイイところが多いのですが、本堂の欄間の龍がでかくて力強い。
境内を囲んでいた松が枯れてからは枯山水になっています。

<61番、高讃寺
門から本堂まで100mと知多にはあまり無い奥行きがあります。
木が多いので四季を通じて楽しいかな。仁王像は鎌倉時代のものらしく、織田対今川の戦火を逃れるために、池に沈められていたことも。

<62番、洞雲寺
ココのご本尊も61番の仁王像と同じ池に沈められていたことがあります。
改浚されたときに見つかりました。そのときの鍬の跡が膝にあるといわれているのですが、遠くて確認できず。青黒くでイイ色の阿弥陀如来でした。

<63番、大善院
絵を描いていたときに工事されてい橋本関雪冬花庵が完成した。随分、時間がかかっているなと思ったら屋根は住職自ら。62番の絵を描いていたときに会ったおじさんに再会。境内の素焼きのお地蔵さんを作った人には、当時たまたま他のところで会ってお茶をしました。出会いがある寺だな。

<64番、宝全寺
常滑の土地柄、道には常滑焼の作品が置かれています。お寺の壁には四孔管。
いぼ取り地蔵に癌封じ地蔵、お堂ソレゾレには説明が書かれた紙が貼ってあって親切。なんじゃもんじゃの木を岐阜からいただいたときに、お寺に配ったのがココの住職さん。

<65番、相持院
20世紀少年の撮影にも使われたお寺。ちゃんと見てなかったから覚えてないけど。
木々が鬱蒼と茂り、山門が大きくて好きな要素がいっぱいのお寺。
08年に絵を描きにきたのを覚えていてくれたのが嬉しかった。

2011年05月13日晴れ。

2011年5月10日火曜日

知多お遍路十三日目

取材と言いつつ、世間話が大半。
今回は長いし過ぎて20時に帰ってきました。疲れはいつもと変わりませんが暗い中帰って来るのは精神的に重いな。カナブン痛いし。

<50番、大御堂寺
隣の51番と並んで、デカイ。そして、見るところが多い。
源頼朝の父・義朝の墓があり、彼の首を洗った池もある。
本堂の屋根のラインが素敵。

<51番、野間大坊
源頼朝を弔うために、開運延命地蔵菩薩に毘沙門天、不動明王を安置。
大願成就を願って秀吉や家康も訪れた。
凡人はお守りが大量にあるので小さなことからコツコツとおしすすめていこう。

<52番、密蔵寺
山門に紅葉、不動明王と赤が似合うお寺。
不動明王は盗難除けにご利益。如意観音は別名かじとり観音はそれはそれは第二次大戦中に霊験を発揮。それはそれはすごいのだよ。

<53番 安養院
蘇鉄に灯籠、アロエ、そしてせき地蔵と全てがデカイ。
織田信長の三男・信孝が秀吉に追い詰められて自害したお寺。
でも、人懐っこいネコが一番好きだな。

<55番、法山寺
源義朝が殺害された湯殿があるお寺。
野間から来る間には、長田忠致父子が頼朝に磔にされた松や
義朝の家来と敵が戦った乱れ橋があります。

<56番、瑞境寺
ご本尊・白衣観音は日本に三体しかない珍しい物です。
弘法堂のひさしの獅子がなかなかの迫力。波も立体的だし。
納経所のおばさんの笑い声が良かったな。

<57番、報恩寺
本堂がドーンと構えています。欄間が厚みがあってよかった。
裏山には弘法大師が金剛杖を突いて湧かせた場所があるので行きたかったのですが、無理と。
今はお墓用などで使われています。

2011年5月6日金曜日

知多お遍路十二日目

2008年に回ったときには自転車なんかほとんど見かけなかったのに、多いな。
ゴキブリみたいに増えてる?
でもお寺に入る人は少なくお寺は静か。若い人は皆無。

<44番、大宝寺
看板から1キロと山間を緑に囲まれた中を進むと、デカイ観音とカワイイ地蔵が。
絵を描いたときには一ヶ月後でと思い、今回は一ヶ月早く来たらイイのにと。
3月から4月は木蓮が咲き乱れるお寺。

<46番、如意輪寺
お寺で初めてガチャガチャを見つけました。花おみくじ。
知多四国が開創した翌年には本部が置かれた歴史を持っているお寺です。
秘仏がご開帳(旧暦10月8~12日間)の最終日には献燈祭も行われます。


<47番、持宝院
お寺の前まで来ても屋根すら見えないほどの緑に囲まれたお寺。
その中には弁財天を祀る鳥居の赤が栄えます。87段の階段を上るとやっとお寺。
枯山水石庭は弘法大師入定を21石で表しています。

<48番、良参寺
お助け大師と呼ばれるゆえんが、実名で書かれている看板があります。
こうゆう話は昔々かと思っていたら、結構最近。世の中不思議なことがあるもんだ。木の根元にも注意。初の和訳聖書作りに関わった音吉の墓があり。

<49番、吉祥寺
夢違い観音。悪い夢を良い夢に変えてくれる観音様です。
ほぼ毎夜悪夢を見るのですが、楽しんでいるので僕には必要はないです。出来れば今の現実を変えたいのですが。自力でどうにかします。

2011年05月05日晴れ。

2011年5月4日水曜日

知多お遍路十一日目

今年の黄砂はスゴイな。
太陽は見えるけど霞んでる。せっかくの海沿いなのに遠くが見えない。
こないだどこかで足元を見なさいという意味の書かれたものを見たけど、どこだったかな?
足元も霞んでる。

<40番、影向寺
ココのお寺はお得感があります。
生まれる前からの子授け~子育などなど、、、お寺ならお葬式までできるしね。
妊娠5ヶ月目に腹帯を頂きに行きませう。

<41番、西方寺
目印はイルカのお寺。
魚供養碑。血となり、肉となり。
納経所前の屋根瓦の松の装飾がスゴクいい。

<42番、天龍寺
42番、42歳は男の厄年。
裏庭の椎の実をお守りにするために、長野や遠方から取りに来る方もいるそうですよ。
置物は誰の趣味かしら。

<43番、岩屋寺
弘法様が三回も訪れたお寺とはなかなかスゴイではないか。
ご本尊は秘仏で漁師の網に引っ掛かった物。
裏山は大師ヶ嶽88ヶ所。奥之院まで抜けれて10分くらい。

<番外、奥之院
空気が凛としている。
林があり、石に苔。
岩屋寺、大師ヶ嶽88、奥之院と石仏は600体以上あります。

<45番、泉蔵院
ダルマがいたるところに置いてある。
万博にも展示された算額というのを見せてもらいましたが、、、サッパリ。ノーベル賞レベルらしい。
ボンタン + レモン = ボンデ・ローザ。

2011年05月02日晴れ黄砂曇り。