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2011年2月10日木曜日

シャンタル写真<スペイン田舎>


歩き好きMazzaです。
スペイン(2003)から帰ってくると手紙が来ていました。
シャンタルさんはフランス人。学校でドイツ語を教えている綺麗なおねいさんでした。
お互い英語がかなりイマイチ同士ですが3日間ほど一緒に歩いてました。90キロくらい。
初めてあった日は、二段ベットの上下で挨拶くらい。
次の日、日が上がる前に歩き出し、暗い中で道選びに迷っているシャンタルさん。
みんなが歩く道を行くか、旧道を歩くか。
どっち?と聞かれ、いない方を選び一緒に歩き始めましたが、全く人がいないのは不安だ。
そんな中、道が水没。
久しぶりに見て、、、、若いな。痩せてるな。金髪だ。また行きたい。
シャンタルが擬音語質問を出すのでそれに答える。完璧に小学生扱い。
フランス語では「ピンピン」何を表した音でしょう?
このときに会った日本人大学生が昨年来日コンサートをしました。すごく良かったです。

2010年7月14日水曜日

スペイン巡礼




歩くのが好きなMazzaです。
今日テレビでスペイン巡礼をやっていたので。
僕が行こうと思ったキッカケは、テレビでした。
「星の巡礼」の作者パウロ・コエーリョと日本人の女優さんが物語の道順と逆に辿るというモノ。
そのなかに現れた日本人女性。一人で歩いてるという。
なら、行けんじゃん。
2003年夏に歩きに。
フランスのサン・ジャン・ピエド・ポーから
スペインのフィニステレまでの700キロを1ヶ月くらい。
最初に仲良くなったのはスペイン人。彼が歩く距離から休憩の取り方を教えてくれました。
日本人大学生とイギリス人。そこにタイ人。
その後日本人大学生笛吹き男(今はミラノ在住)。スイス女性。フランスおばちゃん4人組。フランス人ドイツ語先生。岩手?日本人定時制先生。岐阜のジャーナリスト志望の先生。パリジェンヌ4人組。フランス人ミュージシャン。デンマークカップルなど等。日本人は10人会いました。
笛吹き男とは最後の方で再会し、僕と一緒に動いていたパリジャン4人組と合流し、たまたま一緒になった日本人二人組みと、サンチアゴ・コンポステーラ入り。
その晩、パーティーと言ってくり出したレストランが高いくせに不味い。
笛吹き男と二人で90キロ西のフィニステレへ。
次の年、パリで三人組になっていたパリジャンと再会。足を延ばしたバルセロナで留学中の笛吹き男と再会。
みんな何をやっているのやら?
僕は今も変わらず、プーしてます。

あるとき、フランス人が「お前は一人で歩いているのか?周りの人がいるから歩けるのだ!!」と言っていた。すれ違う人が「ビエン・カミーノ(良い旅を)。」と。普通に「こんにちわ。」と。そうゆう声があるから歩ける。
一人では生けていけない。


スペインの絵。←クリック

2009年1月1日木曜日

田舎 パラソル

巡礼中にオレンジジュースを振舞ってくれる少女達。
夏休み。
巡礼者たちは感謝して、1ユーロ、50セントなどを入れる。
僕は小銭を持ち合わせてなくて、スニッカーズを一本。今考えると二本あげるべきだったな。でも、持ってたかな?持ってても貧乏やから、、、。
日本ではめったに食べない、チョコレートは歩くときには必需品。
たまにスゴく食べたくなって、食べて後悔。
何で人間は繰り返してしまうのだろう。

レオン

日本の夏は日陰に入っても暑いが、ヨーロッパは日陰に入ると涼しい。
性格にも差が出るね。

2008年12月29日月曜日

ブルゴス

この町のアルベルゲは短い距離の移動(20キロ未満)の人は泊まることを拒否される。
アルベルゲが町の出口付近にあり、やっと着いたと思ってからの町抜けは非常に厳しい。
町は綺麗で素敵。
教会は有料だったので入り口から覗いた。
アルベルゲに帰ると一緒に入った笛吹き男がいない。彼と一緒に行動していたスイッツラン・マリーに聞くと、知らないと。
マリーと夜レストランへ。僕共々、英語が出来ずお互いに喋るがノロイノロイ????。
彼女が家で飼っている猫の話を、、、。後ろのテーブルに座っていた知り合いのドイツ人に何やらコソコソ。そしてこちらに向き直り、「ブラウン。」????猫の目がブラウンなんだと、笑顔。
七ヶ国語話せても英語は出来ずに、片言。世界の共通語に疑惑が。
日本語は母国語として使っている人口は世界で6位だっけ?
次の日、笛吹き男に遭遇。何で消えた?何処に行ってた?
アルベルゲの受付が気に入らなかったと。隣町のアルベルゲに泊まったと。
イイ奴だ。チイサイ奴だ。心配してたのに。

2008年12月2日火曜日

セビーリャ


この町は良い思い出と悪い思い出が。
出会いは大切で。
旅は道連れ、世は情け。
悪い思いでは悪い思い出で今は笑い話。
良い思いでは楽しい思い出。
フラメンコをタダで見られる情報をinfoでゲットし、その店へ。仲良くなった旅人日本人二人と。
サングリアを頼み、踊り子を待つ。
歓声と共に踊り狂う女。ベリーダンスではないか。まずはベリーで、次はフラ、、、?次もベリーダンス?
きっと、今日はベリーダンスデイと思い込もうと。
次の日もサングリアで踊り子を待つ。
ベリーダンスだった。
闘牛も見たし、一人とは次の町ではバールをハシゴしたし楽しかった。
悪い思いでは次回。
絵をサボっていたら描く脳が動かん。
大きさを失敗したまま描き続け、気に入らないので縮小。
線がボケたのが気に入らず、シャープをかけたらイイ感じ。
偶然も才能のうち。と、いう言葉がある。

2008年11月18日火曜日

レオン 教会

ここの町では二人の日本人にあった。
一人は東北の定時制教師。キリスト教信者で、エルサレム巡礼ともう一つ、、、忘れてしまった。巡礼を済ましている男性。
彼がご飯を奢ってくれると、言うことでレストランへ。
そこで僕が選んだ料理は、自分のお金では多分頼まないであろうカエルの煮物。

レストランで会った、もう一人も教師。岐阜の国語先生。彼は物書きになりたい旅人。学校新聞にコラムを載せてるといっていた。
僕が学んだ教師の人たちはあんまり自分のことを語らなかったと思う。
出来れば、色んな経験を語る先生に当たりたかった。
もう何年も経ってるけどどうなってるだろう。

田舎宿の女主人

窪みの町にある宿。
炎天下の中をやっと辿り着くと少女がテキパキとでジョバンニとやり取りをしていた。
この宿で英語を喋れるのは彼女だけ。
それはとっても流暢でさまになっている。

2008年11月16日日曜日

窪みの町。

この前の日まではすこぶる順調でした。
疲れが貯まるとすぐに痛くなる足首も。
しかしこの日に出会ったポルトガル人医師と話しながら歩いたのがよくなかった。
彼は歩くためにトレーニングを積みやってきた人だった。
早すぎ。
周りのペースに合わせず自分のペースで歩くことが重要と気付いた日。
痛くなった後が長かった。
人が住んでいるところには電柱がある。しかし、途中で無くなった。
道が合ってるかの心配もあるし、一時間以上誰も見えない。人工物すらないのだ。
自分と、先と後に続く砂利道。空。地平線。無駄な音もない。持ってきた水も切れた炎天下。
ヤバイヤバイヤバイ。すると、足音が。サンダルの太ったおばさんが僕を抜きさって行く。話しかける隙すらないスピードで。後ろには数キロ先にしか町はなかった。そっから?見過ごした?
このあと自転車二人組がやってきて、水を何も言わずにくれた。そうとう厳しい顔をしてたんでしょう。
「あと二キロ。」と。
しかしナカナカ町は見えない。それは窪みにはまっていたから。スゴく好きな名前を知らない町。

田舎ロバ

田舎道を歩いていると野良ロバに遭遇。

2008年9月3日水曜日

コンスエグラ 風車の中から

ドンキ・ホーテの舞台に行きたかったけど、タクシーに乗るのは否
泊まっていたトレドから一日二本バスがあったので。
行ったら、サフラン祭り中。
竪穴式住居を発見し、覗く。人がいっぱい。
何かをグツグツ煮ている。すき焼きに似ているような。
いくら?と、聞くと話してくれるが一切不明。
とりあえず、居なさい。と、言うのを理解した。
ボーっとしているとワインが出てくる。
飲みながら待つのに疲れ、近くのベンチに休憩。ワイン付き。
おばちゃんが皿の上にてんこ盛りのソレを持ってきてくれる。
ソコソコ。
皿を返しに行くと、つがれる。
返しに行くと、つがれる。キツイ。味が変わらないし、煮詰まって濃い。
タダ飯&ワイン。

この町のインフォメーションは風車の中。
二日で八枚。面倒臭い。

2008年8月11日月曜日

スペイン 田舎9

宿でフランス娘4人にお茶を誘われ、夕食パスタを作ってもらい、夜の音楽祭に誘われ、スペイン娘も連れ立って行った。
町のカフェでビールを飲みながら始まるのを待っていると、0時からだと言う。
巡礼者の朝は早い。早い人は5時。遅い人でも6時半には起床。まれな人はいるけど。
音楽を聴かずに、宿に帰った。
ここからの一週間はフランス娘達との楽しい日々。
もしかしたら、一番良い日々かもしれない、、、。
みんな、何してるんやろ?
次の年、フランスで再会したときは一人減っていた。
一人はプロフェッサーになっていた。
二人はロイヤーとティーチャーになってるやろか?
途中で仲良くなっていた日本人も仲間に入り。彼は今夏もコンサートを何処かでやるようだ。たまたま見つけた彼の母のブログでは去年はドイツ。
僕は髪が黒くなったくらいの変化しかない。
ヤバイ。

スペイン 田舎8

この町に着た日本人はそうそういないはず。
車で来ることもなく、道を間違えて来ることもないだろう。
僕はあえて。
前の晩に会ったフランス人ドイツ語先生と分かれ道で「人多いの好き?」と聞かれ、「嫌い。」と、答えこの町に。
見るところもなく、スーペルメルカートも小さいのが一軒。
アルベルゲは綺麗でオーナーさんは親切なオバサン。
知ってるスペイン語は?「エレス・ムイ・ボニータ。」と、答えるとオバサン連中は爆笑だった。
その日、着た人はチェコから歩いてやってきた190センチはあろうチェコ人。
夜の暗くなってからやって来た眼鏡長髪スペイン人。こんなに来るのは珍しいらしい。
次の日、宿を出るときには長髪は曝睡。それはそれは暗くならんと、宿には来れんやろな。

2008年8月4日月曜日

グラナダ・アルハンブラ宮殿


無茶苦茶汚い宿に泊まった。
晴れた日に行きたかった。
カメラ壊れてフラッシュ焚かないし。

2008年7月8日火曜日

教会

たまたま泊まった教会。夜になると儀式が。足を洗ってそこにチューしてくれます。
交通の便も悪く、スゴく田舎ですが有名な教会のようです。

アストルガ

確か、ガウディー作。
周りにはデカイ天使がいました。